小鳥遊 遊鳥の裏通り

La Vérité sortant du puits.

マルビナス戦争のようなもの

バンドネオンの調べが聞こえる

 今から40年程前に、地球の反対側で起きたマルビナス戦争フォークランド戦争)を、メディアを通じて当時リアルタイムに見聞きした人も、徐々に少数派となりつつあるようだ。南大西洋の果てに浮かぶ群島の領有権を巡って、旧大英帝国アルゼンチン共和国がおよそ3カ月間に亘って陸・海・空で争った。ませたミリオタであった小生は、外電で伝わる戦いの趨勢をしたり顔で中学校の同級生らに語ったりしていたが、もしタイムマシンがあって1982年春に戻れるのなら、39年前の自分を「何を偉そうに!」と激しくどやしつけたい気分である。

 同戦争の日本語での総括に関しては、2014年に防衛省防衛研究所がまとめた「フォークランド戦争史」が詳しい。たまたまアルゼンチンに関する調べものがあって、いわゆるオープンソースインテリジェンスをしていたところ(←何を偉そうに!)、同資料に当たったという次第である。そして改めてマルビナス戦争の背景や推移、その後の政治・社会に与えた影響などを知るに及び、ませたミリオタというのは百害あって一利なしの存在なのだなとの思いを強くした(因みに、ませたミリオタにデッドコピーを重ねると、いわゆるネトウヨになるようだ)。

 周知の通り、この戦争は大英帝国側の勝利というか、アルゼンチン共和国側の戦線・戦意の自壊によって幕を閉じた。まず、開戦動機が正当性を欠いていた。81年に共和国大統領に就任したレオポルド・フォルトゥナート・ガルチェリ・カスティッリが、権力の階段を昇る途中で為した政治活動家や学生、ジャーナリストへの弾圧と、その結果としての国民の分断という負の部分を隠蔽すると同時に、政治的求心力を即席的に高めようとして、「アルゼンチン国民の支持が高いマルビナス(フォークランド)諸島の奪還を計画し、実行に移した」ものとされる。加えてレオポルドは、大英帝国が軍事力を行使してくるとは予測せず、当然、大英帝国の反攻に対する具体的計画は一切持ち合わせていなかった。国際社会は自国に味方するだろうとの科学的根拠に薄い期待を重ねる一方で、大英帝国の侵攻を阻止するかについて、殆ど対策を考えていなかった。これでは仮に勝てる戦いであったとしても、勝利などおぼつかない(←何を偉そうに!)。

 しかし、歴史の女神クリオはなかなかどうして、皮肉屋のようだ。当時、「日出ずる国」とイキっていた極東の弧状列島帝国を率いる眼付きの悪い陰気な為政者に、只今史上2度目の、つまりは喜劇的な色彩を帯びる振る舞いをさせようとしているからだ。「改革」という耳障りの良い言葉で糊塗してきたクレプトクラシー(泥棒政治)が、流石にごまかせなくなってきた時に、たまたま重なった目下の東京五輪。世界中のヘルスケアセクターが開催自体に深い懸念を示しているのを軽視し、「コロナ禍で分断された人々の間に絆を取り戻す」(丸川珠代五輪相)などと甘言を重ね、金メダルがもたらす安っぽいナショナリズムに酔わせることで失政と不正とを覆い隠すことに躍起になっている。本人たちにとっても自衛隊と警察という「暴力装置」(マックス・ウェーバー)を意のままに動かし、ボランティアと称する志願兵を動員することで得られる権力の陶酔感は格別のものなのだろう。テレビをご覧。完全にシャブ中の眼差しだ。とはいえ、五輪という名の疑似戦争ごっこは2週間余りで終わりが来る。「勝った!勝った!」との酔いが醒めれば、COVID-19というラスボスが無傷のまま、手ぐすねして立っている「現実」に眼付きの悪い陰気な為政者も向き合わざるを得ないだろう(←何を偉そうに!)。

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 大英帝国に屈したアルゼンチン共和国はその後、政治・経済両面における混乱の振れ幅を増し、「安定」は、世紀を跨いだ今日になっても一向に実現していないことは良く知られている。“黒いアルゼンチンタンゴ”を踊り続けている。昨年5月には通算9回目のデフォルト(債務不履行)に陥った記憶も新しい。果たして、ブエノスアイレスからおよそ1万3000㎞離れた東京にも、不気味なバンドネオンの調べが届き始めている。