小鳥遊 遊鳥の裏通り

La Vérité sortant du puits.

セキセイインコのようなもの

痛恨のミス、なり

 以前勤めていた会社で、ある時、こんなやり取りがあった。相手は直接の部下ではなかったが、名前と顔はすぐに一致するくらいの間柄だった。彼が同僚と雑談に興じていた最中にたまたま、近くを通りかかった小生に、声を掛けてきた。

「小鳥遊さん。堀北真希って、いいと思いませんか?」

 その口調には、当然のことながら、ある程度の同意とともに、オリジナルな見解も期待するニュアンスが含まれており、さぁ、どう答えようかと頭をフル回転させた。

 普段は、芸能界の動向などには、後述する一対象を除いてまったく興味・関心がないのだが、これまたたまたま、その数日前に彼女を主人公とする『野ブタ。をプロデュース』というテレビドラマが予想外にヒットし、事実上のデビュー作である堀北真希にも赤丸急上昇ばりに注目が集まっているという旨のエンタメニュースを、PCのポータルサイトで目にしたばかりだった。

 今から振り返れば、不意を突かれた問いかけであったにも関わらず、なかなか上出来な返答ができたものだと自分でも感心するのだが、その時、咄嗟に口に出た言葉が、

「堀北…真希…さんですか。あぁ、あの『野ブタ。をなんとか』とか言うドラマに出ている、ちょっと変わった雰囲気の女の子ですよね。ということは□□先生(筆者注、部下の名前)は、ああいうなんて言うか、透明感のあるセキセイインコみたいな子が好みなのですか。いゃー、なかなかマニアックですな…。なるほどなるほど…」

 この比喩がこの場では、うまい具合に、□□くんを除く皆の期待に副えたらしいことは、一同が、職場内で見せるには不釣り合いなほど笑い崩れたという事実が雄弁に語っていた(してやったり!)。ただし問題は、自分が推していた子が、あろうことか、衆目の下で、上役にセキセイインコと例えられた□□くんのフォローの方である。さて、どうしようと引き続き頭を回転させていると、幸いなことに、□□くんの方から怒気は含まぬ声で、「では小鳥遊さんは、どんな女優さんが好みなんですか?」と問い掛けてきてくれた(おぉ、良かった。怒っていない)

「ウチが好みの女優さん?。よくぞ聞いてくれました。ウチは昔から、桜井幸子、一択です。知ってますよね、ドラマ『高校教師』…」

(…)

 しかし残念哉。こちらは、わざと微妙な変化球を□□くんに投げ返したつもりであったのに、その球は、あたかもニュートリノのように彼の身体に何の反応も与えることなく通り過ぎ、オフィスの壁に当たって床に転がり、そして静止した。一瞬、時の流れが遅くなったように感じた。そう、簡単に述べれば、彼は桜井幸子を知らなかったのである。少なくとも、すぐには脳裏には浮かばなかった様子であった。こうなると、正直、微妙なキャラクターだけにイチからの説明(ちと、面倒だなぁ)は厄介なことになる。

「あれ?桜井幸子をご存じない。これは失礼しました。ちょっと変わった女優さんでしてね。何ていうか、女優なのに、女優の仕事が苦手なように見えるところがいいんですよ。どこか、心ここにあらず、といった表情をふと見せるところもあって…。何より、陰りのある笑顔をさせたら、あの世代ではピカ一ではないかと…。今度ぜひ、機会があったら『高校教師』を観てくださいな」

 実はこの瞬間になって、小生は、大きな過ちを犯してしまったことに気が付いた。勇み足とも言い換えてもいいだろう。芸能などと言う世界には、一切関心を持たない孤高の存在というイメージを社内でずっと醸し出してきたはずなのに、他愛もない雑談に絡めとられた挙句、図らずも、桜井幸子推しというか、“蔭りを帯びた女の子好き”という心の奥底にしまっておくべきはずの性癖をゲロってしまったのである。もしかすると「痛恨のミス」とは、この時の自分のために用意されていた言葉だったのかも知れない(いゃ、ホントにしまった!)

 ともあれ、これ以上の墓穴を掘って、余計な詮索を受けぬために、急に用事を思い出したふりをして、この場を、第二宇宙速度に迫らん速さで離脱したことは、改めて語るまでもないことだと思われる。

                  *

 その桜井幸子が電撃的に芸能界を去って、今年の冬で13年が経つ。戸籍的にはこの12月で50歳になったはずだ。ネット上に散見される好事家の情報によると、引退後、国際結婚をして米国カリフォルニア州に居住しているというのが有力な説のようだ。汚泥のような芸能界で心身をすり減らし、最後は忘れ捨てられるのとは、比較できぬほどまともな身のこなし方であることは間違いない。しかし、正直なところ、factはどうでもいい。原節子ではないが、引退後が謎で、不明であればあるほど、こちらの想像の自由度が増すからだ。以下は、熟成に熟成を重ねた小鳥遊の妄想である。

                  *

 アメリカでの生活も実は早々に切り上げて、独り、ひっそりと帰国した彼女。最終的に落ち着いた先は、急行が止まらない在京の大手私鉄沿線の駅前に建つ7階建ての雑居ビル。その2階に、看板も出さずひっそりと店を構える時代遅れの洋酒バー(会員制)のカウンターに、日替わりで立つ“ちいママ”に、終の天職を得た。別の曜日に店に出る、やはり陰りを帯びた笑顔しかできない和久井映見小西真奈美とともに、疲れた擦り切れた男の客たちに、夜な夜な静かに酒を注ぐ…。キスチョコの代わりには「リスパダール(一般名:リスペリドン)。BGMは中島みゆきの初期作品群をエンドレスで流すのみ。店のオーナーであるちあきなおみが顔を出すことももめっきりと減るなか、黒服を纏った小生は、お店で唯一の男手として、終始寡黙にグラスを磨き続ける──そんな立場に収まりたい(呆)

 

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