小鳥遊 遊鳥の裏通り

La Vérité sortant du puits.

大きな江の島のようなもの

陰翳礼讃

 いわゆる“世界三大がっかり”と言われているブリュッセルの小便小僧、コペンハーゲンの人魚姫、シンガポールマーライオン。幸か不幸か、実際にこの目で見たことがあるのは小便小僧にとどまっているが、人気と実力の最低水準をある程度「担保」しているはずの世界遺産も、なかなかどうしてハズレがあるから油断がならない。パリと並んでフランス共和国を代表する観光地であるモンサンミッシェルも、個人的には「残念」という感情の方が大きかった。

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 大天使ミカエルに因むカトリックの聖地との触れ込みをもとに、霊験あらたかなものを期待して訪れると、まず、島の入口から、安いファストファッションに身を包んだ世界各国からのツーリストたちの喧騒に直面して鼻白むに違いない。修道院へと続く狭い参道に軒を連ねる土産物屋や飲食店は、カルテルでも結んでいるのかと疑わざるをえないほど、チープな物品やお仕着せのメニューばかりが目に入り、この辺りで多くの人は、「あれ、自分。間違ったところに来ちゃったかな?」と自省を始めるものと思われる。そして、徐々に重くなる心と足の歩みに打ち勝って、何とか辿り着いた修道院の内部は、建物こそ壮大なつくりで驚きがあるものの、色彩や内部装飾に押し並べて乏しく、案内板に沿って薄暗い通路や階段を昇り降りさせられた挙句、最後は、あの忌むべき参道に程近い出口にリリースされる塩梅だ。感受性が豊かな人ならばここで確実に、東京ディズニーランドの「シンデレラ城ミステリーツアー」が提供するワクワク・ドキドキの体験と脳裏で比較して、その落差のあまりに泣き崩れてしまうものと想像する。

 

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 再び幸か不幸か、自分はもともと豊かな感受性を持ち合わせていなかったがゆえ、「騙されたな!」と、“とろ火”状の怒りを短期間意識しただけで済ませることができた。想像するに、子どもたちも「満たされない何か」を感じていたのであろう、島を去る際に振り返りしな、聳え立つ修道院を見上げると、近傍からの遠足の生徒たちが崖の下に向かって競い合いながら唾を飛ばしていた。入島以来探し求めていた「聖なるもの」のイコンが、どこにもないということをまじまじと見せつけられた瞬間だった。学童の悪ふざけがたまたまの巡り合わせであったにせよ、何とも罪作りな世界遺産だといえるのではなかろうか。帰国後も、テレビの観光番組等で取り上げられるたびに、「商業マスメディアに騙されてはいかんぞ」と念を送ったりしていたものだが、コロナ禍の今となっては、もちろんすべてが懐かしい。

 日本のバックパッカーたちの間では“大きな江の島”とも揶揄されるモンサンミッシェルの魅力は、ツーリストたちが去り、夜のとばりが下り始めて以降でないと分からない。夜通し鳴る、刻を告げる重い鐘の音。通奏低温のように続く潮の騒めき。そして、夜が明け始めるや、輪唱のように押し寄せる鳥たちの鳴き声……。再び観光客がドッと押し寄せるまでの、束の間の「明鏡止水」を、島内に泊まった人だけが全身で以って味わえる。馬鹿高い島内の宿への宿泊を強要され、あまり美味しくないオムレツを口にすることになっても、それは、余りある貴重な経験となるに違いない。

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 してみると、ハイシーズンを迎えているホンモノの江ノ島も、泊まってみれば、手垢にまみれていない新鮮な発見があるかも知れない。レトロなホテルもあるらしい。そんなひねくれた旅も、偶にはいいかなと、改めて思っている。

 

 

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